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仙台高等裁判所 昭和44年(う)77号 判決 1970年5月12日

控訴人 原審弁護人

被告人 畠山重孝

弁護人 渡辺大司

検察官 石原定美

主文

前略

被告人畠山重孝の本件控訴を棄却する。

同被告人に対し、当審における未決勾留日数中一二〇日を原判決の本刑に算入する。

当審における訴訟費用中証人渡辺一雄、同鈴本倫敦、同記野亨、同中腰徳助および同堀尾信一に各支給した分はいずれも被告人畠山重孝の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人遠藤につき、弁護人渡辺春雄名義および同成田篤郎名義の各控訴趣意書(ただし、成田弁護人は、同人名義の控訴趣意書三枚目表八行目に「犯意も不十分」とあるのは情状として述べたものであると釈明した。)に記載のとおりであり、被告人畠山につき、弁護人渡辺大司名義および同佐々木衷名義の各控訴趣意書ならびに被告人名義の上申書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

第一、被告人畠山に関する控訴趣意(量刑不当の主張を除く)について

一、渡辺大司弁護人の控訴趣意(事実誤認ないし法令適用の誤りの主張)について

1  原判決が、判示第四(一)において、株式会社三和商店の発起人である被告人が、山岡隆一、遠藤紋吉と共謀のうえ、株式の払込を仮装するため、郡山信用金庫東支店の支店長千葉喜代志に依頼し、同人をして、株式払込金の払込がないのに同会社の設立に際し発行する株式総数五、〇〇〇株につきその発行価額の金額金二五〇万円の払込を完了したような帳簿操作をさせ、同支店長作成名義の右金額の株式払込金保管証明書を発行させて交付を受けたとの事実を認定したうえ、これをもつて商法第四九一条の預合行為にあたるものと認定処断していることは、所論指摘のとおりである。論旨は、右法条にいう預合が行なわれたというためには、発起人らが払込取扱金融機関の役職員と通謀して単に株式払込金保管証明書を発行させたというだけでは足りず、外形上払込を行なつたと認められる行為が存在したことが必要であるところ、本件では、そのような行為は何ら存在しなかつた(原判示にいう「帳簿操作をさせ」たとの点は、右の行為にあたらない。)のであるから、原判決が被告人の所為を預合と認定処断したのは、事実を誤認したか又は法令の適用を誤つたものである旨主張する。なるほど、原判決挙示の関係各証拠によれば、郡山信用金庫東支店長千葉喜代志が被告人らと通謀して株式払込金保管証明書を発行交付したについては、千葉が、その際部下に命じて、被告人から株金二五〇万円の入金が当日なされ即日被告人にその払戻がなされたごとく別段預金元帳ならびに収入伝票および支払伝票に各虚偽の記帳をさせ、かつ後日の支払請求を防ぐ意味で念のため前記山岡隆一をして右支払伝票に同人の押印をさせる等の措置をとつた事実があるだけで、それ以上に、被告人らが同信用金庫から金借して形式的に株金の払込にあて実質的にはその払戻に制限が付されることにより株金の払込がなかつたと同様の結果を生ぜしめる等の所論のような外形上払込を行なつたと認められる行為は、何ら存在しなかつたものであることが明らかである。しかしながら、商法第四九一条の立法趣旨に徴すれば、同条にいう預合とは、会社発起人らが株金払込取扱金融機関の役職員と通謀してなす一切の株金払込仮装行為を指称するものと解するのが相当であつて、本件におけるように、発起人らが右役職員と通謀し株金の払込がないのに仮装の株式払込金保管証明書を発行させてその交付を受けたものである以上、所論外形上払込を行なつたと認められる行為がこれに伴わなくても、預合が行なわれたと認めるに十分であるというべきである。預合の意義に関する所論主張は、会社の資本充実を立法目的とする前法条の解釈上、これに格別の合理性を見出し難いのであつて、にわかに採用できない。原判決が被告人の所為を預合にあたるものと認定処断したのは、以上と同趣旨によるものと解されるのであり、正当であつて、論旨は理由がない。

2  論旨は、被告人が原判示第四(三)の公正証書原本不実記載、同行使に関し遠藤紋吉および山岡隆一と共謀をなした事実はない旨主張する。しかし、原判決挙示の関係各証拠によれば、山岡は、原判示の実行行為に先立ち、同月一六、七日頃その上宿先である福島県郡山市内の「ホテル中央」等において、遠藤および被告人と同犯行の大綱につき下相談をなしたもので、遅くともこの下相談により右三者間に具体的な共謀関係が成立したものと優に認められるのであり、記録および当審における事実取調の結果を検討しても、原判決の共謀の認定が誤りであるとは認められない。さらに、株式会社三和商店は、右証拠によつて明らかなとおり、原判示の設立登記に際して、株式の払込は何ら行なわれず、創立総会は全く開催されたことがないなど、会社の実体を有しない不存在のものと認められるから、その設立登記は、登記事項のすべてにつき不実であり、その全部について公正証書原本不実記載、同行使罪が成立するというべきであつて、原判決が判示するところもこれと同趣旨と解され、必ずしも所論のように不明確ではないところ、論旨は、商法違反(預合)は当然に会社の設立登記を予定するものであり、従つて公正証書原本不実記載、同行使は商法違反(預合)の必然的結果というべきであるから、商法違反(預合)の罪が成立する限り、重ねて公正証書原本不実記載、同行使の罪が成立することはない旨主張する。しかし、右両者の間になるほど因果関係は存するものの、後者の所為は、前者の罪の構成要件によつて包括的に評価し尽される関係にはなく、新たな法益を侵害する所為であるから、別罪を構成することはいうまでもない(なお、両者の罪は、原判決判示のとおり、併合罪であると解するのが相当である。)。論旨は採用の限りでない。

以下省略

(裁判長裁判官 細野幸雄 裁判官 深谷真也 裁判官 桜井敏雄)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決は事実誤認の違法があるか又は法令の適用を誤つた違法がある。

一、原判決は罪となるべき事実第四ノ(一)において、

被告人山岡隆一、同遠藤紋吉および同畠山重孝は前記株式会社三和商店の設立に際し、株式払込金の調達に窮し、共謀のうえ、昭和四一年五月一七日前記郡山信用金庫東支店において、右株式の払込を仮装するため、被告人千葉喜代志に対しその便宜方を依頼してこれを承諾せしめ、同人をして株式払込がないのに右会社の設立に際し、発行する株式総数五、〇〇〇株につきその発行価額の金額金二五〇万円の払込を完了したような帳簿操作をさせ、同支店長作成名義の右金額の株式払込金保管証明書一通を発行させて交付を受け、もつて株式の払込を仮装して預合をなした。

旨を認定し、右の所為は商法第四九一条前段に該当するものとして処断しているのである。

しかし、右判示事実を認定した証拠として原判決が挙示する各証拠を検討するも右の如き預合の罪を認むることはできないものと思料する。

即ち原判決が挙示する

省略

とあつて、被告人は勿論、山岡、遠藤、千葉等は、所謂預合行為に当るような如何なる行為もしていないことが極めて明らかである。

所謂預合とは通常商法第四八六条一項所定のものが金融機関の係員と結託して行う株式払込の仮装行為であると解されているが、しかし預合行為が行なわれたというためには「外形上払込が行われた」と認められる事実の存在が必要である、従つて払込を行わず払込保管証明書を偽造したり、あるいは金融機関の係員が、発起人等の依頼を受けて単に保管証明書を発行したのみでは払込金の受入をなした外形的事実が存在しない限り、預合の行為は存在しないものである、更に換言すると、商法第四九一条の預合の罪の客観的構成要件としては「外形的に有効な払込金の存在を作る行為」と「その存在を無効ならしめる行為の存在」とが必要であり、その何れかを欠くも預合の罪は成立しないものと解すべきである。

従つて、預合の罪の類型的なものとして従前は、(イ)見せ金の使用(借入金の使用、代払制度の利用、看做現金の利用等)、(ロ)第三者よりの借入をなした金の使用、(ハ)手形小切手操作によるもの、(ニ)払込取扱金融機関よりの借入金の使用、等とされているが、しかし何れの場合にせよ、必ず外形上現実に払込が行われたと認められる事実が存在しているのである。

現判決は前記判示の如く単に「払込を完了したような帳簿操作をさせ」とあるだけで、その判文自体も極めてあいまいで、具体的には何を意味するものか不明であるが、しかし、原判決の挙示している各証拠によるも、右に挙げた従前の類型に当るような行為があつたとは認められない、なるほど千葉喜代志が右の検供の如く「出金伝票」「入金伝票」を作成したことは認められるが、しかし単なる出金伝票又は入金伝票の作成だけでは現実に「払込が行われた」と認められるものではない、「外形上払込が行われた」と云うためには、少なくとも、如何なる方法による金にせよ現実に払込まれたという事実の存在することが必要であると思料する。

ところが、本件の場合は前記の如く、山岡が千葉に頼んで、単に株式払込金保管証明書を発行してもらつたと云うに過ぎないものであつて、払込をなす発起人である被告人等には、見せ金の授受、手形小切手の授受、相落ち決済による小切手の授受、金銭貸借証書の差入等外形上払込を行つたと認められるような如何なる行為も存しないのである。

従つて被告人には所謂「預合行為」と云うものは全く存在しない(被告人は商法第四九一条に該当するような如何なる行為もしていない)と云うべきであるのに原判決が前記の如く被告人の行為を預合行為と認定し、且つ商法第四九一条に問擬したのは、事実を誤認したか、又は法令の適用を誤つた違法なものと思料する。

二、原判決は罪となるべき事実第四ノ(三)において

被告人山岡隆一、同遠藤紋吉および同畠山重孝は共謀のうえ、同月一九日前記福島地方法務局郡山支局において、情の知らない司法書士山口四十三を介して同局係員に対し、前記株式会社三和商店設立に際して発行する株式の総数につきその発行価額の全額の払込が真実なされ、創立総会招集その他株式会社の設立に必要な諸般の手続が適法になされた旨の虚偽の申立をして同会社の設立登記を申請し、同局登記官吏をして商業登記簿原本に同会社が違法な手続に従つて設立された旨不実の記載をさせ、即時同局に備え付けさせて行使した。

旨を認定し、右の所為を刑法六〇条、第一五七条第一項、第一五八条第一項に問擬しているのであるが………省略

(2)  (仮りに共謀共同正犯が成立するとしても)

原判決は前記の如く「発行する株式の総数につきその発行価額の全額の払込が真実なされ、創立総会招集その他株式会社の設立に必要な諸般の手続が適法になされた旨の虚偽の申立をして」と判示しているが、被告人等が、如何なることについて「虚偽の申立」をなしたかと云うことについては、極めてあいまいである。即ち、商業登記法第八〇条によると株式会社の設立登記に当つて申請書に添附すべき書類が定められている、原判決が被告人等が虚偽の申立をなしたとして判示している書類の内、株式払込金の保管証明書だけは、前記第八〇条一〇号に定められる添附書類であることは明らかである、しかし「創立総会招集その他株式会社の設立に必要な諸般の手続が適法になされた旨の虚偽の申立」とは同条の何れに当る添附書類であるか全く不明である。

本件の原本不実記載罪は登記に際して不実の申立をなすことが罪に問われるのであるから、登記官吏に申立しない事実について不実(虚偽)があつたとしても本罪の成立はなき筈である、そして設立登記に当つて申請書に添附する書類は前記八〇条に定められているのであるから、結局においては同条所定の書類について虚偽であつたと云うことになるものと考えられる。

ところで、前記第八〇条に記載されている添附書類についての虚偽(偽造、変造)は、たとえば、定款の偽造、変造、株式の申込、引受証の偽造、変造、創立総会の議事録の偽造、変造、代表取締役の選任に関する取締役会の議事録の偽造、変造、払込金保管証明書の偽造、変造等はすべて商法自体に本来の罰則規程(商法第四八六条以下)が設けられてあるから、前記八〇条所定の添附書類に不実の記載等があれば、商法違反として商法の定める罰則に問われるのが本来の筋道であると思料する、現に原判決も株式払込保管金証明書偽造について商法第四九一条に問うているのである。

前記第八〇条所定の添附書類の不実記載等はすべて商法違反の罪に問われるのが本来であると考えるが、とすると同条所定の如き書類は常に登記のときの添附書類であると云うことのために作成されるものと云うべきである、従つてそのような書類に不実の記載をしたとせば先づそれは商法違反としての罪に問われることになり、そしてその書類を登記添附書類として登記官に提出申立したことにより登記官をして、原本に不実の記載をなさしめる結果となつたとしても、それは常に前者の商法違反の罪の必然的結果であると云う関係にあるものであるから、前者の商法違反の罪が成立する限り、後者の原本不実記載の罪は不成立となるものと解すべきである。

さて本件においては、前記の如く原判決判示の内、虚偽申立として具体的に明示されているものは株式払込金保管証明書であるが、これについては商法違反の罪(第四九一条預合の罪)に問われており、これを登記に際して提出したことにより登記官に対する虚偽の申立となつたとしても前記の如く、預合の罪の必然的結果であつて別に原本不実記載の罪は成立しないものと思料する。

その他については原判決の判文上からも、また原判決が挙示する証拠上からも、如何なる点について虚偽の申立がなされたか全く不明である、仮りに前記第八〇条所定の添附書類すべてについて虚偽であつたとしても、それらについて先づ商法違反の罪が成立する限り、本件の原本不実記載の罪は成立するものではないと解すべきである。

しかるに原判決が、漫然と前記の如く本件について原本不実記載を認定したのは事実を誤認したか(又は理由不備)、又は法令の適用を誤つた違法なものと思料する。

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